政治、戦後政治

9/30
テレ東で「決断、あの一瞬」という政治ドラマやってました。
昭和の政治家群像を描くとの宣伝の割には、内容は三木武吉氏の権謀術数の描写に終始。
番組の主題自体が政治ドラマなので、内容自体に問題はなし。
番組の流れは、GHQ統治下の吉田内閣から、55年の保守合同まで。
(番組によれば)GHQとの強調による復興を目指した吉田と、自主自立を目指す鳩山・三木の抗争。
直接的には鳩山が公職追放で敗北するわけですが、吉田の勝利の真因はGHQとの協調が妥当な政策であったから。
そして自由民主党の成立は、革命勢力から日本を守るため。
番組自体は、「政治ドラマ」という浅薄さを標榜している。
しかし根底として最も合理的な選択肢が時代に選ばれる、という明確な価値観に基づいて編集されているのが大変に好感をもてました。
歴史を振り返るにあたって意味があるのは、普遍性を持ち抽象化の可能な政治の価値観であって、個人ではないだろう。
この時代の政治の選択は極めて見事だと思うし、終局的にその判断を下したのが主権者の総体としての国民であることは驚異に値するように思われる。
愚民論とは、それを抱く人間が愚かであることを証明するために存在するのかもしれない。
「リベラル」とは、政治決断において効率性と正義のいずれに重きをおくか、の比率をいうのだと私は考えている。
正義という語自体があいまいだ。
が、法哲学一般に承認される定義として「等しきは等しく、等しからざるものは等しくないように扱うべし」というコンスタンティヌス法典内の言明がある。
そして問題は、何を持って「等しい」と考えるかにあるらしい。
話題を戻すと、一般に「リベラル」と日本で自称する諸団体は、著しく現実味の無い主張を繰り返し、無責任だった。
共産主義も問題意識自体は尊重されるべきだが、方法論が破綻している。
この様な団体が政権を担当することが無かったのも、やはり総体としての国民が賢明であったからなのだろう。
民主主義は次善の策といわれるが、プロレタリアート独裁よりは進歩的な政治制度であろう。


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