宗教、絶望

10/26
流石は名高き智者オデュッセウス、「Trojan Horse」と検疫結果が表示されたときは感動しました。
感染源は全く不明。
最大のウイルス対策は、コンピューターで重要な情報を扱わないことですね。
どうも「お気に入り」の内容とか探られていたように感じますが、タイーホされるわけでもなし。
それにしても、木馬に兵士を入れて内部に潜入するって、皇国軍の自爆兵器に近いものがあるような気がします。
木馬ごと火を放たれたらおしまいなのに。
発案者のオデュッセウス自身、木馬に入ってトロイアに潜入しているのは立派。
日本海軍の人間魚雷「回天」も開発者が第一号に登場していらっしゃるのは、その方の人間性の高さの証明でしょうか。
靖国神社に実物が展示してあるので、ぜひご覧になってみてください。
(さすがに、「桜花」は展示してないですが)
勿論、トロイの木馬が創作の逸話だということは認識してます。
本日知ったこと、「聖書を旅する」9巻の記録。
まさに、足が生えたような思いでした。
「罪」の最も重い形は、絶望。
(罪とは自分自身に対するものと理解する、信仰を持つ人ならその対象に造物主が加わる)
故に、ダビテ王が偉大な人物とされる理由も納得が行きました。
彼は、自分の行為(姦通と夫殺し)に対して、必死に悔いて、許しをこうている。
決して、絶望してないんですね。
私だったら、全てをあきらめて即座に自殺してるでしょう。
「許しを請う」ことができるって、偉大ですね。
将来に希望を持っていることの現われですよ。
よくあろうとする希望、それこそ人間に最も大切にして、私にかけているものかも。
ダビテ王の逸話自体は遥か昔から知ってましたが、その意味が解ったのは今日はじめて。
そしてこの絶望の象徴的表現が、失楽なんですね。
(勿論ダビテ王の逸話自体、人類普遍の問題を描くことに主眼がある)
5年10年そして一生ものの疑問があるときついに氷解する、これこそ本を読むことの喜びと実感できる瞬間。
文学って偉大だなあと、思った瞬間。
これに絡んで、少々話題発展。
世の宗教思想には、二つの方向性が認められるように思います。
人間存在に対して、肯定的評価を与えるものと、否定的評価を与えるもの。
仏教はほとんど無知なので解りませんが、二元論の宗教はほとんど後者ですね。
人間は悪の力が生み出したもの、故にこの世に意味はなく、魂のみの救いを求める。
(ゾロアスター・グノーシスともに、人間の魂に「光」の残存を認める)
いわば完全な悲観主義。
対する一神教は、究極的なオプティミズム。
キリスト教のいうところの「からだの復活」の教義などは、二元論の主張の見事な対極。
人は造物主がその似姿として創造したものであるが故に、人間は存在するだけで価値があるとの考え。
一般論として、オプティミズムは考えが甘いとか言われますが、じつは悲観主義の方が遥かに、心情として安閑だと思います。
自分に価値を認めるのはとても難しいこと。
人権という一般的原理や人間の尊厳を認めても、それが自分にも適用されるとはなかなか考えられないものです。
今の私には、信仰よりも仏教哲学の方が共感がもてそう。


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