文化、京極夏彦

10/28
「オンモラキの瑕」終わっちゃいました。
面白かったせいなのか、昨夜今晩で終了。
まず、あの陸軍の大佐(?)と彼が仕込んだガキはどうなったのか。
至極どうでもいいことなので、彼らはなかったことにしておくのが賢明な態度なのかなー?
本作は、一言で言ってしまうと「アイディア小説」だったのではないか。
阿刀田氏ならば30ページばかりで終わらせるところを、京極夏彦氏は750ページあまりの長編としたのでしょう。
(両者の優劣を比較する意図は全くないです)
「死=肉体の消滅」。
阿刀田氏の創作ノートなら、この一行のメモが残るのみのアイディアだと思います。
最近はこういう物語のある小説を読むと、その構成やそれにいたる過程、など製作サイドの事情を想像して楽しんでしまいます。
私に対する阿刀田氏の影響は絶大だなと、認識するひと時。
(「アイディアを探せ」など、同氏は執筆時の方法論を公開していらっしゃので、一読をお勧めです)
話題を戻すと、「死=肉体消滅」というアイディアを長編化する為に、その他の部分が付加されていったのでしょう。
ハイデガーは犬福の足レベルの飾りだったんだなと、まんまとだまされた喜びが残ります。
とりあえず今作は、主犯やその方法などは、事前に情報が公開されていることもあって、完全に読者の予想通りですね。
読者が求めるのは行為ではなく、行為のの理由にあるわけです。
事実関係は公開しておいて、本質である意味の公開への期待を高める。
今作の上記手法は、そのために大変優れた表現方法なのではないかと感じました。
なんといっても、読者はやっぱりあの胡散臭い黒尽くめの陰陽師の活躍を期待しているわけですから。
推理小説には、以下の二つの部類があると思うのですが、どちらがいいのでしょうね。
1、事前に情報を公開して犯人の特定を読者に可能とするもの
2、探偵のみが最後に読者の知りえない情報を駆使し、読者に対抗が不可能なもの
「そして誰もいなくなった」とか「シャーロックホームズ」は後者ですよね。
今作においても、動機にかかわる情報は読者には最後まで明かされませんしねえ。
文句をつける気は全くないですが、いくら隔絶してても死の意味が解らないというのは少々無理がありますね。
京極氏はそれを納得の上で、何処まで説得性を持たせられるかに挑まれたのだと思いますし、その立場で評価するのが謙虚な読者の正当な態度でしょう。。
あの図書館なら、絶対に医学書くらいはあるだろうし、「三兆説」(呼吸、拍動、瞳孔反射停止)なんかも知ってると思うけど。
父が博物学者なら、生物学関係の本もあるでしょう。
細胞レベルのネクローシスとアポトーシスという、確実に定義可能な死の形は嫌でも読んでると思うんですが。
まあ、至極些事です。
自分が知らない知識が概念が詰まっていたし、面白かったし、いい本でした。
そういえば、以前に生命倫理(宗教)としての儒学の解説書を読んだ記憶があるので、もう一度読み返して勉強しましょう。


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