政治、靖国神社

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新しき年が始まり、生活も落ち着きを取り戻してまいりました。
本年がよき一年でありますように。
2年以上計画していた靖国神社写真集を2003年の締めとしてアップロード。
と思いきや、大変デイリーなことに小泉純一郎首相が靖国神社に参拝なさったそうで。
靖国の複雑な様相を一瞥し、その理解を広めたいというのは、私自身の真摯な願いです。
どうか皆様、ご一覧ください。
時代の意味を各人が考慮して価値基軸を定めてゆくことは、この時代において必須のことと私は思うです。
それにしても、最近はさすがに以下の質問はなくなったようですね。
「公人としての資格ですか、それとも私人としてですか?」
かかる質問に意味を見出すのは著しく困難ですし、外国に通用しないのは自明の理。
ただ、首相の参拝が「神道式であったか否かは明らかにされませんでした」という報道は少々面白い。
何とかして「政教分離」の論点に話題を持ってゆこうという努力は伺われますが、些か頭が悪い。
政教分離制度が何を目的としているかという視点に立てば、参拝の形式が何であっても国家に侵害行為となりうるという判断が妥当でしょう。
「上からのファシズム」というか、国家が民衆を組織化し神社勢力の一部を利用した。
この日本の特殊事情を考えると、「政教分離」という把握が妥当であるかには疑問の余地があります。
そもそも靖国は「宗教」なのか、ひいては「宗教」とは何であるか。
ここから考えることが重要であると思うのですが。
文化文明を築いたものが国家ではなく宗教である西洋の議論である「政教分離」。
それはキリスト教のような強大な宗教勢力の存在が前提となっているように感じられます。
日本において必要なのは、軍国主義なる問題を「政教分離」の元で語ることではないと思うのですが。
直接的に、国政の覇権化や好戦化を抑制する枠組みを構築することこそ、本質であると私は考えます。
それこそが、憲法前文や9条の問題なのではないかなあ、と犬福は思うにょ。


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