「新しい歴史教科書」の感想


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本屋さんで「新しい歴史教科書」を立ち読みしました。
あの話題の本です。
とりあえず日本の先史時台、江戸時代、第1次大戦以降を箇所を読んできました。
(結構読んでますね、バカです)
まず問題となっているこの教科書に関する自分の評価はこうです。

価値判断に関してはさしたる問題となる事はない。
むしろ、読んでいて面白い箇所が多い。
しかしながら、内容が難しいために中学生には向かない。

以下具体的に書いてみます。
問題となっている「歴史認識」に関してですが、さほど問題を含む箇所はありません。
日本の朝鮮統治や東南アジアの旧植民地の統治にしても、圧制故に現地住民の反感を買ったということがしっかりと書かれています。
皇民化政策など、「日本は悪いことをした」ということがはっきりと書いてあります。
問題となるであろう「南京大虐殺」に関しては「その存在の是非が争われている」との記述にとどまっていました。
自分個人としては、南京で国際法違反の大量殺戮があったことは確実だろうと思います。
問題はその数量でしょう。
1万人代、この程度まではあり得ましょうが中国の主張する何十万ってどうやったらそんなに殺せるのでしょうか。
組織的な絨毯爆撃を行ったわけでもなく、白兵が街頭をで殺して回ったわけですよね。
(少なくともその手の本にはそうかいてあります。)
物理的に不可能だと思うのですが。
まあ、これはあくまで南京一箇所に限ったことですから。
少々気になったことといえば、2時大戦の最後に戦争の悲惨さを訴える2ページの特集があったのですが、それがナチスドイツやソ連共産党の行為のみで日本軍の所業に触れられていなかった事ぐらいでしょうか。

この教科書は決して戦争を美化しているわけではありません。
むしろ515事件辺りからの郡部の横暴と、交戦時の先見性、計画性の欠如をしっかりと指摘しています。
「朕自ら近衛兵団を率いてこの反乱部隊を鎮圧せん」という昭和天皇の台詞がそのまま乗っています。(226事件)
日中戦争時に民主党議員が政府に戦争の目的を尋ねたが、政府は答えることができなかった。
という事例を上げて、政府には計画がなかったとしっかり書いてあります。
対米開戦の理由も、「石油輸入停止でこのままではジリビンだから」という理由であったことは伺える記述でした。
この教科書から伺えることは、あの日本の戦争は無意味で愚かしいものであったということです。

直前に例を挙げましたが、この教科書は「具体的歴史事例」+「価値判断」という叙述の手法が取られています。
だから、読んでいてとても面白いのです。
これは何を意味するかというと、難しいのですね。
歴史学というのは、ここの具体的事象の研究とそれの位置付けという二つの柱から成り立っていると思います。
具体的事象とは、過去のどの時刻に、何がどこで発生したか、関係者は誰であるかを事細かに明らかにして行くものです。
事象の位置付けは、事実レベルを一歩超えてその事件の意味をさぐるものです。
上で言うと「価値判断」が「事象の位置付け」に相当するのですが、これは相当多量の知識を持っていて初めて可能になることです。
「価値判断」という主観の前には帰納演繹、比較対照といった客観的作業が多数必要とされるからです。
自分がこの教科書を面白いと思えたのも、高校で歴史を履修し大学でもその手の科目を学んだという背景知識があるからこそです。
教科書に挙げられた一例をみて、それに関する事件を思い浮かべることができるからこそ、それに付随した価値判断に共感したり、反感を抱いたりすることができます。
教科書の文章はあくまで模範的論文似すぎないのです。
重複を避けて簡潔な文章にするために、教科書には中心的事例の記述しかありません。
価値判断を理解するには、その何十倍もの知識が必要なのです。
自分が先にこの教科書が中学生には向かないとした理由はここにあります。
彼らの知識レベルでは、この教科書の意味を理解することができないのです。
教師がそれを全て説明することは(教師に問題がないと仮定しても)時間的に不可能でしょう。

やはり、学問にはある程度の段階があります。
その中で、中学生というのは基礎的な知識を収集する段階でしょう。
この基礎がなくては、歴史の意味を考えることなどできません。

以上が教科書としてみた場合の評価です。
結局第2次大戦付近に何が書いてあっても、学校では時間がないので1次大戦直前までしかやらないですよね。
入試にもでないし。
となると、その付近に何が書いてあっても関係ないはずです。
例えば、「2度の大戦を引き起こしたのはユダヤとフリーメーソンすなわちウンモ星人の陰謀である」とかね。
騒ぐほどのものでしょうか。
まあ当然、ここで問題にされているのはそれを公認する日本政府の姿勢なわけなんですけどね。

この教科書ですが、本として読むにはそれなりに面白いのです。
「太平洋戦争」のことを「大東亜戦争」と呼称しています。
ちょっとびっくりしたのですが、「大東亜戦争という名称はGHQによって禁止されて太平洋戦争という呼称が用いられるようになった」と書いてあるので納得です。
ちょっと賢くなりました。
また、「日本」はどう動いたか、ということに重点が置かれた叙述なので、大和朝廷の時代から対外関係がとても詳しく書かれているのです。
第一次大戦の時に日本軍が地中海に機雷除去にいったとか、身を挺してドイツ軍の魚雷から英国艦船を守ったとか、やたらとくわしいです。
大和と新羅、百済、高句麗、任那の関係も、くわいいですね。
「百済と新羅が日本に朝貢にきた」とかとても誇らしげに書いてあります。
(もっともこの辺りは一面の事実のみを収集してあるのかも知れません、専門外の自分には理解しかねる範囲です)
また、ある事件があったとするとその意味は何であったかということがしっかりと書いてあるのもまた面白いです。
たとえば、仏領ハノイ(違うかも知れませんがご容赦を)を占領したのは、シンガポール・蘭領インド・英領ビルマ侵攻の拠点であるからとか、かなり詳しいことまで乗っています。
この教科書は間違いが多いそうですが、こんな所まで書いているからというのもあるのでしょうね。
それに、中学の教科書なのに「総力戦」という概念の解説にとても力を注いでいるのです。
自分の使った世界史の教科書と比較しても、遜色はないといってよいレベルでしょう。
あと、極東軍事裁判の描写もやたらと詳しいです。
それが国際法的に根拠のないものであることの論証や、判事中唯一の国際法の専門家が反対意見を述べたところたちどころに更迭されて言論を封じられたとか、知らない話が沢山書いてありました。
昭和の文化に関しても、とてつもなく詰め込んでありました。
司馬遼太郎が明治維新に関して新しい歴史像を提供したとか、松本清張が推理小説に新しい局面をもたらしたとか、井上靖が歴史小説を書いたとか。
高校の教科書の文化史のページ並みに、単語の羅列状態でした。
本当に面白いのですが、日本はどうであったかということに気を取られるあまりに、内容のレベルが中学生を大きく逸脱してしまっています。
中学生にとっては、太平洋戦争でも大東亜戦争でもどっちでもよいわけで、総力戦といわれてもぴんとこないでしょう。

自分の中学の時の教科書と比較してのことです。
もう稲作は弥生時代から始まったとは書いてないのですね。
自分の頃は「登呂遺跡」でしたが、最近は「三内丸山遺跡」が大きく取り上げられているようです。
稲作は縄文時代から、と教わるようですね。
でもさすがに、日本から北京原人よりも古い人骨とかいう話はもう載っていないのですね。
ちょっと前まではこのいかさま遺跡が乗っていたのでしょうか?
もう一つ、冷戦後の世界についてもしっかり位置付けまで書いてあるのですね。
「ゴルバチョフのペレストロイカは国内的混乱を引き起こすだけに終わった」とか、「金融緩和によってバブル経済が発生したとか」もう教科書に載る出来事なのですか、とちょっと思いました。
そろそろ現代史に関しても、位置付けの可能な時代になってきたのでしょうか。

最後に追加ですが、この教科書は自らを正当化するために冒頭に数ページの文章があります。
この是非についてはおいておきます。
(またしても叙述が中学生を対象としていないこともいつも通りです。)
イギリスの教科書の例を挙げているのですが、その中にはアメリカ独立戦争を反乱、ワシントンを反乱軍の首領と扱っているものもあるし、ワシントンを全く載せていない教科書もあるのだそうです。
なかなか面白いことで、さすがに英米関係は成熟したものであると感じ入る次第でした。
以上です。


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